コンコン、と戸を叩く音。
寒さで息が白くなりながらも、そのドアが開くのを待つ。
「また来たのか?」
戸を開けた玄冬が、ひょっこりと顔を出した。
「うん。だめ・・・かな?」
深焔はおずおずと玄冬を覗き込むように訴える。
そんな深焔に玄冬はふっと笑った。
「いや?お前が楽しいならそれでいい。ほら、入れよ」
「・・・うん、ありがとう」
嬉しくて思わず顔がほころぶ深焔。
今まで感じたことのないような温かな気持ちになる。
「アレ、今日は黒鷹・・・いないんだね。」
キョロキョロと見回すと、いつもいる黒の鳥の姿が見えない。
居るとうるさいが、居ないと寂しい気もする。
「ああ。あいつ時々居なくなるんだ」
「ふうん」
さして興味がなかったらしく、深焔は窓の外に降る雪を見ていた。
すると、温かな空気が頬に触れた。
見ると玄冬が白いカップを持って、それを差し出している。

「今いれたんだ、飲むか?」
寒い中を歩いてきてちょうど温かいものが欲しかった深焔は、それを素直に受け取った。
「うん、有難う」
こくり、と一口飲むと甘い味が口いっぱいに広がった。
「・・・あまい・・・」
「あぁ、それは温かいミルクにはちみつを入れたんだ。・・・甘いのはだめか?」
そう問いかける玄冬に深焔はゆるく首を振った。
「あっ・・・ううん・・・美味しい」
甘いはちみつと温かなミルク。
ココロまで温かくしてくれるような・・・。
その温かさに、深焔は思わず顔がほころんだ。
「・・・ようやく笑ってくれた」
「・・・え?」
深焔は玄冬の言っていることが一瞬理解できずにキョトンとする。
玄冬は嬉しそうに微笑んで言った。
「ずっと笑わないから、笑えないのかと思った。
笑っていたほうが、お前ずっといいぞ」
深焔はその言葉に驚いた。まさか自分が笑っていたとは思わずに。
そして玄冬に優しい笑顔と温かい言葉をもらえたことに。
鼓動はドキドキとはやくなり、顔が真っ赤になるのを自分でも感じた。
「あ・・・ッその・・・『笑う』ってひ、ひさしぶりで・・・その、笑ってたって気づかなくて・・・ッ////」
どうしていいか分からずに、下を向いて必死で言葉をつむぐ。
恥ずかしくて、くすぐったくて。
感じたことのない感覚に、深焔はどうしていいか分からなくなる。
「そうなのか?」
それでも玄冬は微笑んで、返事を返す。
「う、うん」
そう返事をすると深焔は玄冬のほうをちらりと見上げる。
玄冬はまだ優しく微笑んだまま。
まるで
春のような微笑み。
優しくて、温かい。
「でも、これからはちゃんと笑えるな。…笑うって楽しいだろう?」
玄冬は深焔の頭に優しくぽんと手を置いた。
それだけで、深焔は嬉しくて・安心できた。
「・・・うん」

きっと、深焔本人は気づいていないだろう。
今までに誰にも見せたことのない微笑を玄冬に向けたことを。
柔らかで可憐な少女のような・・・花のような微笑を。
鳥たちは囀る。
それは悲しき運命を歌う。
カツン・・・。
廊下に響き渡るぶつかり合う音。
歩くたびにそれは響いた。
「やぁ」
そう声を発したのは黒の鳥であった。
声をかけられた白の鳥は振り返り、眉間にしわを寄せた。
「…何のですか」
あからさまに嫌な顔をする白の鳥。
しかし黒の鳥は笑う。
「ははっ、その言い草は酷いなァ。こうして旧友が会いに来たというのに。」
「嬉しくありません」
そう言うと白の鳥はキッとにらんだ。
それでもその美しさは損なわれない。
「…全く貴方は冷たいなぁ」
苦笑する黒の鳥には目もくれず白の鳥は用件を聞き出した。
「・・・ところで、何の御用なのですか」
「貴方の顔が見たくなってね。」
ニッと微笑んでみせる黒の鳥に、白の鳥はフッと冷たい表情になる。
「帰ってください」
「あっはっはっ。ほんの冗談ではないか」
「冗談は嫌いです」
「本気だったとしても同じようにあしらわれそうだ」
コレがいつもの二人のようだ。
結局は黒の鳥のペースになってしまう。
白の鳥はハッと我に返った。
「――…用がないのなら私は行きますよ」
そう言って黒の鳥の横を通り過ぎようと思った瞬間―――・・・
「・・・貴方は、
呪縛を信じるかい?」
白の鳥はその言葉に振り返る。
「!!?何を言って…」
「彼らの魂は使いまわしの魂だ。
繰り返す…輪廻によって魂に残留思念がもし・・・あったとしたら?
あり余る想いが、あったとしたら?」
「何を…言って…」
しかしそう言った白の鳥は明らかに動揺していた。
まるで肯定するかのように。
「貴方は覚えている筈だ。
あのときの救世主のことを。
あのときの出来事を。」
その言葉に、白の鳥は何も言わず走り出した。
一人残された黒の鳥は寂しそうに笑った。
「・・・主よ、そろそろ…潮時なのですかね?」
その声は、誰にも届かない。
さっきまで静かだった廊下に、カツカツと足早に歩く白の鳥の足音が響いた。
キョロキョロと辺りを見回しては、救世主の名を呼んだ。
「深焔ッ?深焔・・・?!」
美しい顔に似合わない汗を、その頬に流しながら。
その様子に驚いた銀鈴が飛び出してくる。
「!?白梟殿ッ?どうかされましたか?」
自分が取り乱したことによって心配する銀鈴の様子に、白梟はハッとした。
胸中を悟られまいと、冷静を装った。
一呼吸置いてから銀鈴のほうを向き、問うた。
「深焔は、どこにいるかご存知ですか?」
「え・・・?確か今日は敵情視察に行くと言っていたが・・・」
その言葉に白の鳥はさらに問いただす。
「・・・一人でですか?」
「ええ。いつものごとく護衛はいらないと。
やつの強さなら心配など無用かと」
「大丈夫などではないのです・・・っ!!」
銀鈴は白の鳥の大きな声に思わず目を丸くした。
まさかこんな風に大声を出すことがあるとは思ってもみなかったのだ。
「し、白梟どの・・・?」
その声にまたやってしまった・・・と目をそらす白の鳥。
「・・・あ・・・も、申し訳ありません、大きな声を出してしまい・・・」
「それは、良いのだが・・・深焔に何かあったのですか?」
「いえ・・・なんでも、ありません」
そう問われると、白の鳥は銀鈴に背を向けた。
(まさか・・・本当に?・・・いいえ、そんなことあるわけない)
何かを否定しようとする白の鳥。
しかしその脳裏に甦る、あの時の出来事。
『嫌だッ!それが出来るならこんなところまで来ていない・・・!』
『君まで否定するの?僕たちを・・・!』
『・・・今度生まれ変わるときも、また僕に優しいと嬉しいな・・・』
「――――ッ!!!!!」
白の鳥は銀鈴に背を向けたまま足早に去っていった。
銀鈴は訳が分からないという表情をする。
(・・・?どうしたというのだ、白梟殿は・・・)
するとカタン、という音が後ろから聞こえた。
銀鈴は物音に反応して振り返る。そこには深焔がたっていた。
「深焔、今帰ったのか?」
「・・・うん。」
「あ、そういえば白梟殿がお前を探していたぞ?」
そういう銀鈴に一瞬深焔は眉間にしわを寄せた。
「・・・・あの人が?」
「ああ。何やら深刻そうな顔をしていたが・・・」
「え?」
深焔はバッを顔を上げた。
「お前、何かしたのか?」
ただ純粋に答えを求める銀鈴のまっすぐな瞳に耐えられなくなる。
深焔はその目をそらしてうつむいた。
自分のしていることは、いけないことだと分かっていたから。
「・・・べつに、なにも」
深焔はそう答えるしかなく、ただ早くその場を去りたかった。
「そうか。じゃあどうしたのだろうな、白梟殿は・・・」
「――・・・。」
その問いに深焔は答えられなかった。
自分のことでそうなっていることは分かっていた。
白梟が何かしら感づいていることも。

「深焔?」
黙り込んだ深焔に、銀鈴は名を呼んだ。
急な呼び声にビクリと体をさせた。
「ッ!あ、ごめん・・・何?聞いてなかった・・・」
深焔はあわてて銀鈴を見上げた。
まっすぐなスカイブルーな瞳は、どこまでも澄んでいた。
「いや、ぼーっとしているようだったらどうしたのかと思った。」
「そう?いつもと一緒だよ」
そうではないときっとバレているだろうが、そう言った。
それでも銀鈴は深くは追求しないことを、深焔は知っていたからだ。
「――ならいいんだ。・・・でも、無理はするなよ」
「・・・無理?」
「最近一人で遠出してばかりじゃないか。少し、疲れているのではないか?」
その言葉に、深焔の心はちくりと痛んだ。
純粋な彼の紡ぐ言葉は、優しすぎて。
その手は、温かすぎて。
「・・・・・・・ううん、大丈夫・・ありがとう」
その温かさにどう応えて良いか解らずに、ただお礼を告げた。
深焔の心のうちを知らぬ銀鈴は、ただ驚いていた。
自分に向けられた言葉に。
「・・・じゃあ僕、部屋に戻るね」
「あ、あぁ」
吃驚しすぎたらしく、銀鈴はただ呆然と深焔の姿を見ていた。
深焔の姿が見えなくなってようやく周りのものがリアルに見えてきた。
よもや自分に対して、お礼の言葉を告げられると思ってもみなかったのだ。
「――どうしたんだ、アイツ。熱でもあるのか・・・?」
銀鈴は誰も居なくなった廊下で立ち尽くしていた。
「・・・・・・でも、『
ありがとう』か。
いままでずっと一緒に居たが、初めてだな。
――・・・・何だろう。妙に嬉しいものだな」
まるでハチミツミルクのように甘く・温かな時間。
ひと時の、柔らかな時間。
それは永遠に続く悲しみに、優しく降り積もる。